Column

コラム

Jun 01, 2026

「視界の隅から」

6月といえば、父の日ですね。

…って書きながら、自分でもちょっと「あ、そうか父の日か」ってなっているのですが(笑)。

不思議と母の日より印象が薄いのは、

私が父不孝者だからなのかなんなのか。

母の日は案外と記憶にあるし、覚えてるんですが、こうしてコラムの機会を頂いてふと思い出したわけです。

(あ。父の日)

で、前回のコラムを書かれたスタッフが母の日の話をしていたので…

じゃあ私は父の日の話をと思ったのですが。

これがとんと記憶にない。

思い出せたことがあるとすればですね、

(毎年6月をすぎて「そういえばあったな」ってなってるなあ)

という。

いや!何かあるはずだ!

と思ってウンウン唸りながら、干からびた思い出の蓋をぼんぼんあけてみたものの。

(かけるほどの思い出が、ない)

幼稚園か小学校の頃、なんか作ったような気もするんです。

画用紙で何か作ったような、作ってないような…。

記憶がふわふわしすぎてて、もはや夢だったのかもしれないという具合(汗)

なんたる父親不孝者だろうかと我ながら反省です。

なんで母の日と父の日って、こんなに印象が違うんでしょうね。

いや、私だけなのかもしれませんが。

でもですよ。

世間的にも、お花屋さんもケーキ屋さんも、5月のほうが明らかに気合い入ってる気もするのです。

…気のせいかもしれませんが…涙

で思ったわけです。

そもそもどうにも父の記憶自体がふわっとしている気もするぞ、と。

なんとなく記憶の端々に、じわっと父の姿があると言えばあるのですが。

家族でどこかに出かけた時の、公園のベンチに。

テーマパークに行った時の、フードコート近くのベンチに。

そこでふと思ったのでした。

ああ。

私が騒ぎ散らかしてる時に、遠くで手を振っていた、ベンチに座っているあの人は。

仕事で疲れてるなかで、でも休日を使って時間を割いてくれて。

それで、私の視界の隅にいたんだなあと。

でもそれは私の視界の話で。

あの場所から、ああ腰が痛いなあとか思いながらも、あの人の視界の真ん中に私はいたのだろうなと思ったりするとですね。

ちょっと込み上げてくるものもあったりしたのでした。

なんだ。

いいじゃないか。

ちょっと渋い感じするじゃないか。

影が薄くても、じわっと心に残る親父。

そこに姿はなくても、子供の人生の根っこにいるような親父。

…そういう親父になろう。

困った事に父の日に連れてゆけるような子供も伴侶もまだいないけれども。