Column
コラム
「ありがとう、って言えてますか」
母の日って、毎年ちょっと気恥ずかしい自分です。
カーネーション届けようかなとか思いつつ、なんかこう…いきなりカーネーションを突然にというのもなあ、とか。
思えば一緒に住んでいる頃
「いつもありがとう」
なんて言葉、面と向かって言えた試しがないな、とか。
そういうことを毎年5月になると考えてる気がします(笑)。
ちゃんと「ありがとう」って言えたこと、そんなに多くないんですよね。
学生の頃。
いっつもお弁当作ってもらってたのに。
家を出た後も、ちゃんと食べてるの、とか。
心配の連絡くれてたのに。
あー、うん大丈夫ー
みたいなそっけない返事。
お弁当にいたっては、
またのり弁かよー
みたいな。
けど社会人になってみて。
あの、当時はちょっとおっくうにすら想っていた母のあれやこれやが、どうにも身に沁みます。
沁みている割には、あんまりまっすぐな言葉は言わずに。
なんかむずがゆくなって。「まあ伝わってるかな」ってそのままにしてたり。
でも伝わってないんですよね、たぶん。
こういうのはちゃんと言わないと。
去年の母の日、えいやっと電話してみたんです。特別なことは何も言えなかったけど、「元気?」って話してたら最後に「電話くれてうれしかった」って言われて。
電話切った後、ちょっとじんわりしちゃいました。
それで思ったんです。
ああ。
こんなことなら、恥ずかしがらずにカーネーションくらい贈ればよかったって。
カーネーション贈ったから何なんだという話でもあるけれど。
自己満足と言われればその通りなのだろうけれど。
でもこういうことって生きているうちじゃないとできないわけで。
恥ずかしいことくらい、生きてるうちに出来ないとなと思ってですね、今年は勇気を振り絞って花を贈ろうと思っている自分なのでした。
「ありがとう」
出来ればこの五文字も一緒に送りたいけれど、これが何でかむずかしいんですよねえ汗
思うに大事な人に送る言葉の中で、とんでもなく質量の大きい五文字だと個人的には思ってます。
いや、さすがに今年は頑張ろう。頑張れ自分。赤面だって命あるうちの特権だ。
こういう重たさって、
案外何が自分にとって大事なものなのかを教えてくれるものさしだったりしますよね。
