Column

コラム

Jun 01, 2024

「戻ってこない傘」

ちょうどあれは6月の梅雨真っ只中の頃です。

ザーザー雨の中、部活動で遅めの帰宅となった中学生時代の私。

今晩の晩飯はなんだろう?と腹を空かせながら帰っていたことでしょう。

するとそこで、先行して歩くクラスメートの一人。

A子さんを発見します。

近い席なので一緒になって給食を食べ、気兼ねなく話せる間柄のA子さんです。

ザーザー雨の中で傘を持っていなかった彼女は当然のようにずぶ濡れ。

傘をさしていた私は「ありゃありゃ〜大丈夫かいな〜」といった感じに駆け寄ろうとしました。

ですが。

小走りに走り出そうとした私の足はピタリと止まります。

こ、これは…相相傘(あいあいがさ)ではないか!!

彼女のことを特別意識していたわけではありません。

けれど、この相相傘というシチュエーション。

当時の私からしたら「刺激が強い」と言うのでしょうか。

何か「大人めいている」と言うのでしょうか。

男子と女子が連れ立って一緒に下校する。

これだけでも、何かとウワサが立つのが中学生時代です。

思春期ど真ん中、当時の私にとっては避けて通れるなら絶対に避けて通るべき行為。

それが相相傘だったのです!

もし、A子さんとの相相傘現場を学校の誰かに目撃されたりしたら。

それこそ学校中のウワサになってしまいます。

それだけは勘弁だ!!

クラスのみんなからひやかされる。

それだって勘弁だ!!

一人勝手に頭の中をオーバーヒートさせる私。

今にして思えば、なぜあの頃ってこんなどうでもいいことでハラハラしたり。

ドキドキしたりするのでしょうね。

とにかく、幸いにもA子さんはまだ自分に気づいていない。

このままUターンするなりして、やり過ごせば大丈夫だろうと思った途端でした。

なんとA子さんはふと、後ろを振り向いたのです!

当然傘を持って突っ立ている私と目が合います。

なんということだ!!

もう言い訳などできない、もう逃げられない!!

本当に男というのはバカな生き物です。

バシャバシャっと駆け寄ると無言でA子さんに傘を突き出し、そのままダッシュ!!

ノンストップで家まで走り帰ったのです。

ずぶ濡れになりながらあっけにとられた表情で傘を受け取ってくれたA子さん。

あの表情は、今でも忘れられません。

翌日から学校で顔を合わせるA子さんはいつもとなんら変わらず、私に接してくれました。

何事もなかったかのように、私と笑顔で話してくれる彼女。

当然傘のことは話題にのぼることはありませんでした。

なので、あの日の傘は返してもらっていません。

私たちの間で、あの日のあの傘は何か「大人めいている」秘密になったのでした。

だからこの時期、傘を見るとどうしても思い出します。

あのA子さんのあの顔を。

そしてずっと戻ってこない一本の傘を。