Column

コラム

Jan 10, 2021

「生まれて何日目のありがとう」

今年も当ページに来て下さりありがとうございます。

再びお邪魔させて頂きました、スピリチュアルカウンセラーの笠です。

オフィシャルなページなので新年最初は丁寧に…

とは思うものの、安易に明けましてのご挨拶も言い難いもどかしさ。

 

この、なんでしょうね。

何も明けてないよね?

なんてツッコミがしっくりくる、課題山盛りのまま終わっていった2020年だったようにも思うわけです。

年の区切りが、全然区切りになってないぞ、みたいな。

これは、

「そうしたご相談が多かったなあ、辛かろうなあ」

という所感でしかないわけで、こちらを閲覧の皆様がそうでないことを祈るばかりですが。

 

けれども思えば、人生って地続きなんですよね。

ずーっと地続き。

○歳になりました!

となれば不思議と物語が次のステージに進んだような気もするし、

2021年になりました!

となれば新しい物語が始まるような気もする。

するのだけど、そんな気がしてるだけで、生まれてからウン万ウン千ウン百日目がただポツンとやってきただけなんですよね。

でも、このポツンって勝手にやってこないんだなこれが。

全然当たり前じゃなくて、結構奇跡。

だってウン万ウン千ウン百日、何かに助けられたり、支えられたり、頑張ったりして、どうにか生きてこれたわけですから。

そういう奇跡がまず第一にある。

しかも更に奇跡的なことに、偶然にも今皆様はこの文章を読まれてるわけです。

これってすごい事ですよね。

結構当たり前じゃないご縁だと個人的には思うのです。

 

色々あった2020年。

酸いも甘いもがあって、1年の批評もしたくなる大変さがあった。

でも年の区切りに一喜一憂する必要はなくて、皆さんには皆さんの区切りがあるわけですから、

課題山盛りをどうにか前向きにとらえられないものだろうか。

歌にもあった気がするなあ。

1万回ダメでも、1万1回目はなにか変わるかもしれない。

そんな1万1回目は多分、歳や年の区切りとは全然関係ないところからやってくる。

そう思ってみて、ほんのちょびっとだけでも希望的になれたらいいなあ。

 

こちらを閲覧の皆様は、生まれて何日目を生きてるだろう。

明けましてのお祝いも言い難い今なので、ならせめて。

 

「生きて2021年を迎えてくださり、ありがとうございます」

 

くらいは綴っておきたい。

 

笠-Ryu-